きみとぼく 第1話


ゼロに休日はない。
毎日どこかで何かをしている。

ある時は、世界の代表たちとの会議に出席し
ある時は、黒の騎士団のCEOとして世界ににらみをきかせ
ある時は、英雄としてテレビ番組に出演し
ある時は、大罪を犯した皇帝の娘であり妹である代表の監視をしていた。

英雄ゼロは休みなく働かされているため、『働き過ぎでは?』『無理をして体を壊してしまうのでは?』と、周りが心配しているのだが、下手に暇な時間を作るとこのゼロは過去の色々な事を思い出して鬱々としてしまうらしく、体を壊さない程度に馬車馬のごとくこき使うという方針を超合集国議長皇カグヤが打ち出し、皇議長、紅月親衛隊隊長が連れまわし、超合集国と黒の騎士団で用事の無い時は合集国ブリタニアでナナリー代表の監視兼護衛をしているのだ。
余計なことを考える間もなく働いたおかげか、ゼロは以前とはガラリと変わり、今ではゼロらしく堂々とした姿を人々に見せていた。親友を手に掛け、自分の主を殺害した犯人を演じるのだ。その葛藤がどれほどのものだったかは解らないが、ようやく吹っ切れたのかと周りはホッとしていた。
ここ最近は皇議長に連れまわされ、世界各国を飛び回っていたゼロだったが、流石に疲労の色が・・・仮面で顔色は解らないが、明らかに動きが鈍くなり、先日の会議の席では肩を落とし背中を丸め俯いてしまい、「ゼロ様!もっと胸を張り堂々と立っていただかなくては困ります!」と叱咤される始末で、これは一度休憩させなければと、いったんブリタニアに戻された所だった。
ブリタニアでの公務は超合集国や黒の騎士団ほど慌ただしくも忙しくも無いし、移動もせいぜい国内だ。名目上問題だらけの合集国ブリタニアの監視となっているが、全てを知る幼馴染の愛情がゼロの心を優しく癒すための名目にすぎなかった。
同じような仕事でも、カレンやカグヤを相手にするのとナナリーを相手にするのでは、疲労もストレスも雲泥の差なのは、恐らくゼロに限った事ではないだろうが、全てを知る者たちはそれを言えばカレンとカグヤが怒るので、何も言わずにこのローテーションを維持し続けた。

そんなこんなで今日からゼロはブリタニアで仕事をする。
カグヤとカレンとは違い、ナナリーは夜中に呼び出したり、早朝に出て来いなんて言わない。朝の8時までにナナリーの執務室に行けばいいので、久しぶりに惰眠をむさぼった(と言っても5時間程度)ゼロは、ゆっくりとベッドから身を起こし大きな欠伸をした。
最近は睡眠時間が3時間を切る事が多く、食事をとる時間さえままならなかった。そんな生活をしていれば、ゼロでなくても体力は尽きるし体を壊す。カレンとカグヤ達はしっかり休んでいるし休日もあるのだから、もっと強く出て休日と自由な時間を作ってはどうだ? という黒の騎士団総司令の言葉にも、「これも罰だから」とか何とか言って聞く耳持たないため、『こんなむちゃくちゃな生活をさせるなんて! 僕を何だと思っているんだ!』なんて言うはずもなく、この生活が変わる可能性は限りなくゼロだった。
ゆっくりとベッドから降りると、浴室に向かいシャワーを浴びる。
こんな生活をしていると浴槽にのんびり浸かるなんて暇は無く、いつの間にかカラスの行水で済ませるようになってしまった。いつ何があるか解らない。常にゼロとして行動できるようにと、部屋着や私服など無く、全てゼロ服。何着も同じ服がずらりとかけられたクローゼットから1着取り出すとさっさと着替えた。と言ってもきっちりフルセットを着こむのではなく、上は黒のノンスリーブだけで、手袋やスカーフ、ジャケットは後で。
やる事を終えてからでなければ汚してしまうし皺になる。
昨日まで持ち歩いていたキャリーバックを開けると、そこにもゼロの服。何日も出歩くのだから当然着替えが必要で、数着のゼロセット(仮面なし)が詰め込まれていた。
それ以外は歯ブラシなど最低限のものだけ入っている。
ゼロ服を取り出すと、先ほどまで着ていたゼロ服(ただし生地は伸縮性と通気性に優れた就寝用)と共に洗濯機に放り込んだ。旅先でも気軽洗えるようにと、丈夫な生地の形状記憶スーツなのだ。洗って干すだけで皺もなく着られる。最初のころはルルーシュの用意したゼロ服だったが、あれはきちんと洗濯し、アイロンをかけなければならなが、かと言って常に咲世子を連れ歩くわけにもいかない。だから、専用の従者を用意するか、新たなスーツを開発するかの二択を迫られた。だが、いつの間にかナナリー、カグヤ、カレンが洗濯機で雑に洗濯しても大丈夫なゼロ服開発を競いだした。
超合集国・黒の騎士団・合衆国ブリタニアが総力を挙げて完成したのがこれらのゼロ服で、あの争いの軍配はカグヤに上がった。
ブリタニアは1国だし、黒の騎士団は完全に畑違い。それ以外のすべての国の総力を挙げたカグヤが勝つのは当然で、勝利した超合集国側は勝利のパレードをやりかねないほど大喜びしていた。
カグヤだけではなく、各国代表もだ。
黒の騎士団とブリタニアに勝てたのが嬉しかったらしい。
そんなゼロ服は想像通り乱雑に扱われ、ネットに入れられる事も当然なく洗濯機の中でぐるぐると回されていた。
さて、汚れものが片付いたら、次にすべきは食事だ。
ゼロの朝食は基本的に自分で用意する。
人前で食べれないため、普段はレーションやインスタント食品に頼りがちなので、できるだけ自炊するようにしていた。左目と口元が開く機能はあるが、口元をスライドさせた姿を鏡で確認したが間抜けにしか見えないし、周りからも不評だったため、あの仮面は今はお蔵入りし寝室に飾られている。今使用している仮面は、ストローが差し込めるよう一部加工されたマスクだ。
冷蔵庫を開けると、昨日のうちに咲世子が補充した牛乳と卵、食パンと生野菜のサラダが入っていた。大きな器に入ったサラダは一人分とは思えない量だが、このぐらいペロッと平らげるのがこのゼロだ。それらのものを冷蔵庫から出すと、厚切りのパンを2枚トースターに入れた。
焼けるまでの間に卵を焼く。
手に皿と卵を3つ持ちキッチンに立つと、フライパンを手に取った。
卵を一度皿の上に置き、火をつける。
油を引かなきゃとは思ったが、キッチンを見回しても見当たらない。
いつも使っているのに、どこに行ったのだろう?
このままではフライパンにくっついてしまう。
そうだ、水で代用し、卵を割りいれたらすぐに蓋をすれば蒸し焼きになる。そうしようと考え、蛇口をひねった。
冷たい水が勢いよくシンクに流れる。
フライパンに水を入れると、既に温まっていたため、ジュッと音を立てた。あっという間にフライパンの半分ほどの水がたまり、慌てて蛇口をひねった。たっぷりの水を前に、捨てるべきだろうか?と悩んだが、まあ、うまくいけばゆで卵のようになるかもしれない。多すぎる水を入れたフライパンを再び火にかけると、あっという間に水はお湯になりぶくぶくと泡が湧いてくる。
コンコンと音を立て卵の殻を割り、パカリと開くとフライパンに落とす。
ぽちゃんと中身が沸騰するお湯の中に落ちた。

「熱っ!!」

それを2個

『ほわあぁぁぁl!?』

3個

「み、水!?」

水音とともに何か聞こえた気がする。
目に映っているモノは、恐らく幻覚だろう。
そう思いながら、フライパンの中を眺めた。

「だいぶ疲れてるな」

割ったのは卵。
確かに水は多すぎたから、目玉焼きとして失敗する確率は非常に高かったのは認める。目玉焼きらしからぬ姿になる可能性は高かった。
だが、卵は卵。
黄身が黒いなら腐ってるという事だ。

「熱い!熱いっっ!!」
『この馬鹿が!!ゆで殺す気か!!』
「呆けてないで助けろ馬鹿!!命令だ!!」
「え!?わ、わかった」

一番最初に割り入れた、熱い熱いと叫ぶ唯一の白いそれに命令され、反射的に返すと、慌ててフライパンをシンクに置き勢いよく蛇口をひねった。
冷水がフライパンに勢いよく落ちる。
熱したフライパンをそのまま置いた事で、シンクが嫌な音をたてたが、この際気にしないことにした。

『ごぼごぼごぼ、ば、ごぼ馬鹿ス、ごぼごぼ』
「み、ごぼごぼ水、ごぼごぼ」
「ごぼ、ぷはっ溺れるだろ!馬鹿!加減しろ!ごぼごぼ」

今度はフライパンの中で、滝のごとく落ちる水道水の勢いに押され、身動きもとれず溺れかけている姿に茫然としていると、また叱られた。
蛇口を締め改めて見るがどう考えても卵の黄身ではない。
・・・これは、なんなのだろう。
どこかで見た覚えのある人物に似た人形・・・にも見えた。
子供のころ買ったカプセルに入った小さな人形。
そんなそんなサイズの彼らを、仮にちびゼロ、眼帯男、皇帝と呼ぼう。
・・・・・・。

この日初めてゼロは仮病をつかった。

2話